スポンサーサイト

    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。

    ランス・オ・・・

     昨日の予告どおり。

     wikipediaの検索窓に「ランス・オ」と入力すると、ランス・オ・メドーともに、ランス・オサリバンという名前が表示されました。
     ニュージーランドの元騎手で、今は調教師をなさってる方なんですが、日本の競馬の歴史に残るジャパンカップでのオグリキャップとホーリックスの死闘の時の、ホーリックスの騎手でもあります。


     あの頃の競馬ブームは本当にすごかったね。
     競馬に興味のない人でも、オグリキャップやスーパークリーク、イナリワン、バンブーメモリーといった名前を知ってる人は多かったもんね。私も、競馬に興味を持つ前ですが、名前は知ってました。一般ニュースでも取り上げられてましたしね。

     で、このオグリキャップという馬。時代にうまく乗ったというか、人々の心をうまくつかむような、そんなストーリーでしたね。もちろんスポーツに筋書きなんてないんだけれども、もしこれがストーリーなら、たぶん編集さんはリアリティがないってダメ出しする感じじゃないかな。それぐらいよくできた話だったな。まさに「事実は小説より奇なり」。


     まず、まったく期待されてない血統。競馬は血統のスポーツといいながら、無名の父、無名の母から生まれました。そして華やいだ中央競馬ではなく、寂れた地方競馬の笠松競馬からデビュー。すると連勝に連勝を重ね、実力が買われて中央競馬に移籍。そこでも連勝街道を突き進みます。
     その頃の映像。ニュージーランドトロフィー4歳ステークスです。

     めっちゃ強いよ・・・。


     ところがここで第一のつまづき。なんと競走馬の一生に一度の大舞台であるダービーなどの「クラシック」と呼ばれるレースには、オグリキャップは出走できなかったんです。というのもクラシックに出走するには、当時は産まれてからデビューするまでの間に「クラシック登録」という登録をしないといけないんですが、合計40万円の登録料が必要なので、地方競馬の馬はほとんどが登録してないんですよね。もったいなくて。オグリキャップも登録してなくて、強い勝ち方をしているのにダービーに出ることができなかったんです。
     ちなみにオグリキャップがきっかけで制度が変わり、今は追加登録料200万円で追加登録が可能になりました。テイエムオペラオーは追加登録でクラシックに出走できたそうです。

     夏を越し、秋の毎日王冠というレースまで14連勝、中央競馬だけでも6連勝で迎えた秋の天皇賞は2着、ジャパンカップは3着に敗れますが、年末の大一番有馬記念は優勝し、4歳(今の表記でいう3歳。当時は数え年)を終えます。

     5歳春は故障のために休養にあて、秋はオールカマーから始動。毎日王冠を2年連続優勝し、秋天皇賞に挑むわけですが、ここでまた敗北。鞍上の南井(みない)騎手は、自分のミスで負けたと自分を責めます。

     中二週で挑むマイルチャンピオンシップ。4コーナーで絶望的な手応えから、驚異的な伸びを見せ、武豊騎手鞍上のバンブーメモリーをハナ差抑えて優勝します。杉本清さんの名実況でどうぞ。

     杉本さん、上手いなぁ~。この独特のリズム感がいいですよね。

     そして、連闘で挑むジャパンカップ。当時のターフ(芝生)はまだオーバーシードをしてないから、野芝のままなんですよね。黄色いのが懐かしい。

     もう言葉がありません。すごいレース。そしてすごいタイム。実況でアナウンサーが「ワールドレコードホルダー、ホークスター」と喋ってますが、当時の芝1.5マイル(約2412m)の世界記録はホークスターが「オークツリー招待ハンデキャップ」というレースで記録した2分22秒8。ところがホーリックスとオグリキャップは、2400mを2分22秒2という当時としては驚異的なタイムで駆け抜けたのです・・・。

     この年の有馬記念は、疲労がたまったのかイナリワンの5着に沈みます。

     翌年、6歳。春はぶっつけ本番で臨んだ安田記念を快勝しますが、宝塚記念は2着に惨敗。秋も天皇賞6着、ジャパンカップを彼自身の着順としてはワーストの11着と完敗します。そして引退レースの有馬記念。体調の悪化も伝えられ、もう多くの人はオグリキャップのピークは過ぎた、終わったと評価し、なかには有馬記念は出走させるべきではない(どうせ負けるのだから醜態を見せずに引退させるべきだ)という人さえいました。

     しかし鞍上武豊騎手とともに、オグリキャップは有終の美を飾るのです。


     しかしまぁ、解説の大川慶次郎さんの「(メジロ)ライアン!ライアン!」には笑いますね。^^;



     引退後は種牡馬となりましたが、目立った活躍馬はなく、2010年7月3日に放牧中に転倒し骨折、治る見込みがないため残念ながら安楽死となりました・・・。



     ・・・「ランス・オ」からここので引っ張ってしまった。あは。



     DOLでも、競馬関係の連続クエストとかあれば面白いんじゃないかなぁ。サラブレッド三大始祖をたどる、みたいな。
     というわけで、考えてみた。以下全部ロンドン冒険者ギルドで。

     ひとつめのクエストが、さる貴族が馬の競走をさせたがってるけれども、いい場所を知らないか?という地理クエスト。ブリテン島南岸で視認で「エプソムダウンズ」を発見。スキルは地理2視認1というところかな。

     ふたつめは、ダブリン郊外で戦争があった際、ロバート・バイアリー大佐が敵に包囲されたけれども、愛馬の足が速かったので難なく脱出した話。お話の確認だから、スキルは英語1だけでいいかも。これがバイアリー・ターク。

     みっつめは、貴族の間で馬の競走に人気が出てきたんだけれど、シリアにものすごく足の速い馬がいるらしいので、そいつを連れてきてというお使いクエ。なんだけど、その馬(ダーレーアラビアン)はもうすでに売られてしまっていたので、仕方なく野生の馬を観察して帰るというオチ。発見物は「アラブ馬」、生物5生態調査4ぐらいかな。

     よっつめ。ゴドルフィンアラビアンのお話。チュニスにこれまた足の速い馬がいるらしいので、連れてきてというお使いクエ。しかしチュニスに行くとこれもまたすでにそこに馬はいず、パリにいるという。パリに行くと、街の噂では国王がその馬を気に入ってないらしい。マルセイユのギーズ公爵のところに行くと、譲っていただけるという。パリで発見、発見物は「バルブ馬」、生物7生態調査5ぐらい。

     さすがにサラブレッドが誕生するのはまだまだ時代が後なので、このへんでおしまいかな。
     うーん・・・案外レベルの低いクエストになっちゃったな。

     あと、ロンドンから日本行きのクエはどうだろ?東洋にスタミナに秀でた馬がいるらしいので調べてきて欲しい、と。発見物は「木曽馬」。生物学10生態調査8ぐらい。



     クエストを考えるのも大変だね~。とくに冒険クエストは。
     クエストはいくつあるんだろ・・・?冒険クエストだけで1700個ぐらいあるみたいですね。商人と海事はわかんないけど、仮にDOLのスタート時点で全部のクエストが1700個だったとして、ひとつのクエスト、ストーリーとセリフを考えるのに3時間、設定と確認に1時間かけたとして、4時間か・・・。スタッフひとりで1日2つ実装するのが限界かも知れませんね。となると、クエスト実装チームが5人いたとして、170日・・・。ほぼ半年がかりって感じですか。まぁたしかにこれだけの量と質を考えると、それぐらいかかっても不思議じゃないか。

     そう考えると、DOLも作るのに手間暇かかってるゲームだよね、ホント。

    コメントの投稿

    非公開コメント

    ブログランキング
    カレンダー
    07 | 2017/08 | 09
    - - 1 2 3 4 5
    6 7 8 9 10 11 12
    13 14 15 16 17 18 19
    20 21 22 23 24 25 26
    27 28 29 30 31 - -
    最新記事
    カテゴリ
    最新コメント
    最新トラックバック
    月別アーカイブ
    著作権について

    『大航海時代 Online』に関わる著作権、その他一切の知的財産権は、株式会社コーエーテクモゲームスに帰属します。
    (C)2005-2016 コーエーテクモゲームス All rights reserved.

    このホームページに掲載している『大航海時代 Online』の画像は、『大航海時代 Online』公式サイトにおいて使用許諾が明示されているもの、もしくは『大航海時代 Online』の有効なアカウントを所有しているユーザーが株式会社コーエーテクモゲームスから使用許諾を受けたものです。

    プロフィール

    みも

    • Author:みも
    • Eosワールドに棲息しています
    • Notos
      Français
    検索フォーム
    リンク
    RSSリンクの表示
    QRコード
    QR
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。